医療事故に関する情報を掲載しています。
医療事故には二つのケースがあります。
一つは事故が誰のミスでも怠慢でもなく、不可抗力で起きてしまった場合。
もう一つは、人為的なミスや怠慢によって起こった場合です。
人為的な原因が考えられる場合でも、患者側に問題があって事故に結びついてしまった場合と、病院や医師の側に問題があって事故が起きてしまった場合があります。
私たちがここで救済していこうと考えているのは、病院側に問題があり、患者さんが被害を被ってしまった場合です。
なお、厚生労働省が2002年4月に初めて発表した、全国82の*特定機能病院の医療事故発生状況によると、約2年間で15000件の医療事故が発生しています。そのなかで患者が死亡や重体などの重篤状態となっていたケースは、387件にものぼりました。
これは、全国に82しかない特定機能病院の医療事故発生状況であり、しかも、あくまでも自己申告された件数です。実際にはもっともっと事故件数は多いと見るべきでしょう。
*特定機能病院とは、大学の付属病院など高度な医療技術を持つ、病床数500床以上の医療機関のことをいいます。
医療事故の原因はさまざまですが、一般的には、「医学知識の不足」「最新医学からの立ち遅れ」などによる、『誤診』があげられます。
また、現代医学の細分化、専門化、高度化によって、専門外の診断についての知識が不足していることも原因としてあげられます。さらに、あってはならないことですが、不注意による事故もあります。
一般の開業医が医療過誤に至る大きな誤診を犯してしまう原因の多くが「診断がつかなかった」、「症状や治療方針に確信が持てない患者をいつまでも抱えていたため」だといわれています。
ちなみに、最高裁判所が公表している統計によりますと、診療科目別の事件数では、内科(187件)、外科(114件)、整形外科(95件)、歯科(89件)、産婦人科(60件)の順となっています(平成26年第1審診療科目別既済件数)。
医療事故訴訟は、その特殊な性質上、決着までに時間がかかるケースが多いです。
以前から裁判所では、争点の整理に1年、鑑定などで10ヵ月、判決作成までに2カ月で、計2年間を審理期間の目標としていました。
その結果、平均審理期間は、年々短縮傾向にあって、平成16年で27.3ヶ月だったのが、平成25年では23.3ヶ月となっています。
しかし、短縮されてきてはいるものの、事案によっては3年以上かかるケースも珍しくありませんし、一審判決で決着せずに控訴されるようなことにでもなれば、かなりの長期裁判になるのが実情です。
ふつうの民事裁判の原告勝訴の割合が80〜85パーセントといわれるなかで、医療事故訴訟は20〜25パーセントと明らかに低い数字です。
平成16年には39.5パーセントまで上がっていましたが、近年は患者側に厳しい傾向にあります。医療事故訴訟を担う弁護士は、医療の専門性、病院の閉鎖性とも戦わなければならないため、医療被害の正当な立証はたいへん難しいといわざるを得ません。
しかし、医療事故訴訟は困難で、訴訟に勝てないということではありません。裁判所が最終判断をする基準は、原告側の主張・立証を経て、あくまで、法律家の健全な常識に基づいてなされるべきものだからです。
【過去の通常訴訟・医療事故訴訟の認容率の推移(最高裁判所ホームページより引用)】
|
通常訴訟(%) |
医療事故訴訟(%) |
平成16年 |
84.1 |
39.5 |
平成17年 |
83.4 |
37.6 |
平成18年 |
82.4 |
35.1 |
平成19年 |
83.5 |
37.8 |
平成20年 |
84.2 |
26.7 |
平成21年 |
85.3 |
25.3 |
平成22年 |
87.6 |
20.2 |
平成23年 |
84.8 |
25.4 |
平成24年 |
84.4 |
22.6 |
平成25年 |
83.6 |
24.7 |
※ 認容率は最終的に判決で勝訴したものです(一部認容を含む)。判決に至る前に、「和解」したものは含まれていません。また、通常訴訟には医療事故訴訟を含みます。
1 弁護士に相談する
医療事故については、医療の専門性・特殊性と、病院という限られた環境について、十分な知識を持った人が当たることが大切です。
直接交渉で、医療従事者にミスを認めさせたり、謝罪させたり、責任を取らせるということは、想像以上に難しいことです。
また、最終段階で訴訟に持ち込む覚悟と可能性があるのであれば、病院側と、激情にまかせた交渉をすることは控えるべきです。難しいことですが、冷静沈着に行動することが大切です。
事実上の医事紛争に発展した後に、病院に対してカルテや看護記録などの資料の開示を求めたりしてもいけません。なぜなら、裁判所に証拠保全の手続きをとる前に、証拠を隠滅される恐れもあるからです。
以上のような理由から、医療事故の疑いがあると感じたら、まず専門家である弁護士に相談することが大切です。
2 記録・メモを残す
病院にかかるときには、医療事故が起こる前から、詳細な記録を残すように心がけましょう。
「前もってそんな準備はできない」と思う方もいるかもしれませんが、適切な医療を受けるためには、患者の側にもそれなりの心構えや姿勢が必要です。
少なくとも、「何かへんだな」と思ったら、できる限り詳細な記録を残すように心がけましょう。
その際、下記のようなポイントを押さえておくとよいでしょう。
【医療行為を受けるとき、記録するべきポイント】
1.医師にかかるまでの症状や状況はどんな感じだったか。
2.それまでに別の医師にかかっていた場合、そこでどのような治療を行ったか。
3.いつ治療を受けたか。
4.そのときの診断・治療・予後についての説明の内容はどのようなものだったか。
5.医療事故発生の直前までどんな診療を受けていたか。
6.症状はどんなふうに変化したか。
7.医療事故を疑った時期やきっかけ。
8.医療事故が発生したと思われるときの状況。
(事故、副作用、合併症などについての事前の説明があったか。説明の内容は充分だったか)
1から6までは、日ごろ病院にかかるときに、メモや記録に残しておくように心がけましょう。
万一、医療事故を疑うような状況に遭われた場合には、7や8についてもメモや記録を残しておくことが大切です。
もし、実際に医師から説明を受けるときには、以下の点を参考にしてみてください。
また、受けた説明については、必ずそれを記録しておきましょう。
冷静に相手の話を聞く
ともかく冷静な態度で医師の説明を聞いてください。
説明を聞くのは状況を明らかにし、それをメモ等によって記録化することが目的です。
この段階で医師に過失があるのかどうかを判断することは困難であり、ここでは、医師の責任を追及することが目的ではありません。
患者の側には被害者感情があり、逆上したり、感情的になってしまいがちです。しかし、医師に対する患者側の感情的対応は、かえって医師の説明を十分に引き出せないままに終わることにつながります。さらに、医師に危機意識をうえつけ、カルテ等の改ざん・廃棄などを誘発する危険があります。
医師から話を聞くときは、冷静に・・・。
聞きたい要点を整理しておく
医師から説明を受ける前に、知りたいことについて、あらかじめ整理しておきましょう。
以下のような項目を参考に、説明を受けてください。
1.患者の異変発生までにどんな投薬や処置がされていたか。
2.投薬や処置について、事故・副作用・合併症の可能性についての説明があったか(インフォームド・コンセント)
3.これらについて事前の説明と食い違っていた場合は、その食い違いの内容はどのようなものだったか。
4.医療事故が発生したときの状況。
5.医師や看護師の対応はどのようなものだったか。
6.事故直後に受けた説明と現在の説明とに食い違いがあれば、その食い違いはどのような点だったか。
7.患者の異変の原因についての医師の意見はどのようなものだったか。
8.後遺症、治癒の可能性について医師の見解。
医療事故訴訟は、一般民事訴訟に比べて原告勝訴率が低いのが現状です。
理由のひとつに医療行為の専門性や特殊性があります。また、医療現場の閉鎖性もあげられます。訴訟を起こす側にとって勝訴率が低いということは、確実に勝てるという保証がないということでもあります。そのような現実を理解したうえで訴訟に踏み切られるとき、『なんのために行う訴訟なのか』ということを、よく考えて決心をしていただきたいと思います。
実際に医療被害を受けたことが明確になった時点で、私たち弁護士は、まず被害者やその家族をどのようにして救済するかを考えます。
被害にあった依頼者が、これから提起しようとしている訴訟によって、なにを勝ち取ろうとしているのか、その心情を的確にとらえて訴訟活動に入らなければなりません。
一般的に被害にあった場合というのは命を失ったり、体に重大な後遺障害が残った場合です。失った命や健康を取り戻すことはできませんが、その経緯を明らかにすると共に、補償と心身の痛みを慰撫するための賠償金の支払いを請求することになるのです。
多くの医療被害者が医療事故訴訟に望むものは
●医療事故の原因究明
●責任の明確化
●謝罪の要求
●損害の賠償
という優先順位になっています。
実際に被害者や依頼者が求めるものは、医療事故の原因究明や責任の明確化であっても、訴訟においては、金銭賠償の方法しか取りようがないのも現実です。
私たち弁護士は医療事故訴訟を担当するときに、依頼される皆さんが本当に求めていることはどういうことなのかを念頭に、訴訟活動を進めていくことを心がけています。
訴訟を提起される皆さんも、なぜ訴訟を提起するのか、訴訟にどのようなことを望んでいるのかを、ご自身のなかで十分整理されておく必要があると思います。
インフォームド・コンセント
インフォームド・コンセントとは、直訳すると「説明を受けたうえでの同意」のことです。
医療の世界においては、「患者に診療の目的を充分に説明し、納得を得た上で治療すること」を意味します。
「インフォームド」は、充分に情報が与えられ、その情報がきちんと理解されていること。
「コンセント」は、選択可能な情報を充分に得たなかで、自分の意志で選択していくこと。
つまり、インフォームド・コンセントは、医師任せ、病院任せにしないで、患者が医療に参加するための、自己決定権を実現するためのシステムです。
また、医師と患者が対等な関係で治療に当たるには、適切なコミュニケーションが不可欠となります。そのためにも、医療機関の側にはインフォームド・コンセントを実践する義務があり、患者にはそれを求める権利があります。
(私的)鑑定意見書
専門的知識・経験に基づいて、事案を適切に解決するために裁判所に提出されるものであり、医療裁判においては、なされた処置が適切であったかどうかについて第三者の専門家が述べる意見書を指します。
私的鑑定意見書は、原告や被告など裁判の当事者が、直接専門家に依頼して作成してもらった意見書を指します。
鑑定(人)
訴訟において、裁判官の判断を補助するため、裁判所が指名した学識経験者に専門的知識・判断を報告させることを目的とした証拠調べ手続きを指します。
鑑定人は、当事者の申し立てにより裁判所に選任され、鑑定を命じられた人を指します。
病理解剖
病死した屍体について解剖を行って、死に至るまでの病気の有様を医学的に明らかにするものを指します。
剖検とも言います。一般的には死因について詳しく調べたいときに行われます。
医療事故の被害者が損害賠償請求を行う場合、その請求根拠としては、「債務不履行」と「不法行為」の2つが考えられます。
「債務不履行」は、診療契約に基づく診療義務の履行が不完全であったことを請求根拠とするもので、「不法行為」は、医療事故という不法行為によって患者の生命・身体が違法に侵害されたことを請求根拠とするものです。
「債務不履行」と「不法行為」を比較した場合、以前は「債務不履行」の方が消滅時効が完成するまでの期間(時効期間)が長く、被害者に有利とされていましたが、令和2年4月1日施行の改正民法により、消滅時効についての違いはほぼ解消されました。
具体的には、改正民法では、医療事故のように人の生命・身体が侵害された場合の損害賠償請求の消滅時効については、以下のとおり規定されました。
|
債務不履行 |
不法行為 |
主観的起算点 |
権利を行使することができること
を知った時から5年 |
損害及び加害者を知った時
から5年 |
客観的起算点 |
権利を行使することができる時
から20年 |
不法行為の時から20年 |
根拠条文 |
166条1項、167条 |
724条、724条の2 |
この規定によれば、「債務不履行」と「不法行為」のどちらを請求根拠としたとしても、医療事故に遭ったことがわかった時から5年で消滅時効が完成します(主観的起算点)。
通常は医療事故の発生時に医療事故に遭ったことを認識できるので、医療事故の発生時が起算点になりますが、医療事故が原因で後遺障害が残った場合の損害賠償請求については、症状固定時が起算点になるため、医療事故から5年以上が経過しても、損害賠償請求が認められます。
また、想定される事案はかなり限定されますが、医療事故に遭ったことを認識していなかった場合であっても、医療事故から20年で消滅時効が完成することになります(客観的起算点)。
なお、消滅時効は、令和2年4月1日施行の改正民法で大きな改正があった部分ですので、民法改正前に発生した医療事故については、消滅時効の期間や起算点が上記の説明とは異なる場合があります。また、病院側の説明義務違反が問題となる場合の消滅時効も上記の説明とは異なります。
いずれにしましても、医療事故に関する損害賠償請求を行う場合には、消滅時効が完成する前に行う必要がありますので、医療事故の被害に遭われた場合は、できるだけ時を置かずに、法律相談を受けていただくようお願いいたします。
もっとも、医療事故から年数が空いてしまい消滅時効が完成したように見えたとしても、事情によっては、医療機関側の消滅時効の主張が認められなくなる場合もありますので、その場合にもまずは法律相談を受けることをご検討ください。